アルマガ

酒を飲みながら酔った勢いで書く、中年サラリーマンの愚痴の保管所

平均値とか中央値とか

【グラフで一目瞭然】40~50歳代「就職氷河期」の貯蓄は二極化傾向。老後を心配する人は8割以上に(LIMO) - Yahoo!ニュース

 

自分たちは就職氷河期はいつも損な役回りで、いつかは誰かがなんとかしてくれると思っていたけれど、なんにも解決しないままときが過ぎてもう40~50代。人生も後半戦だ。

もはや切り捨てられそうな世代なので、誰かも助けてくれないし、そんな事をグチグチ言っていても無駄だ。結局自分の身は自分でなんとかしなければどうしようもない。

愚痴る前に、自分だけは生き残れる道を探れ。ということ。

 

ところで、よく見かける平均値と中央値問題。

平均値は感覚よりも高いとか、中央値のほうが実情に沿っているとか書いてあって、そんな中央値と比べて高い、低いなんて一喜一憂する場面は誰しもあると思うのだけれど、平均値や中央値に勝っているからそれは安心なのか? と、いつも思ったりする。

例えば、記事の中に

40歳代・二人以上世帯の金融資産保有額(金融資産を保有しない世帯を含む)

・平均:916万円

・中央値:300万円 《金融資産保有額分布》

とあるけれど、916万あれば老後安泰? もしくは300万で安泰? そんな事どこにも書いてない。実情と乖離していると言われる平均の900万あっても不安だと思うし、中央値の300万は自分の感覚では終わっている(全然足りない)とも思う。

つまり、平均値だろうと中央値だろうと、それはみんなの平均(中央)であって、安心の貯蓄額はどこにも示されていない。もし氷河期世代の半分以上の大多数が貧しい老後を迎えるのであれば、平均値や中央値に少し超えた資産を持っていても、それは大多数と同じ貧しい老後が確約されただけのことで、みんなと同レベルに貧困というだけ。貧困であることには変わりないだろう。だから、平均や中央を見ても無駄なのだ。

 

ついつい見てしまう平均値や中央値だけど、見方を誤ると危険。

こいつらは「安心の指標」ではない。

何のために働きますか?

「何のために働きますか?」

周囲の人達に聞いてみると、みんな「生活のため、お金のため」と言う。

生活の維持さえできれば、大半の人は満足するということか。割とつまんない理由でずっと会社で働き続けている。自分もそうだけど。。。

 

正直、今の会社にいるべきか悩んでいる。会社やめて転職、独立してもたぶん生活の維持はできる。だったらつらい思いまでして会社に縛られる理由がわからない。そんなふうに考え始めたら、なんで今の会社にいるのかわからなくなってきて、毎日悩むようになった。

今の自分を会社につなぎとめてるのは、「給料がいい」という理由だけで、それ以上でもそれ以下でもない。

……

 

もし、あと3000万円貯めることができたら、日々の生活の維持以外の心配はほぼ消える。子供の学費、住宅ローン、老後の三大支出は概ねクリアする。

あと3000万。そこまでがんばってみる?

そんなことを考えながら、毎日が過ぎていく。

NISAについて思う。

NISAが変わるかもしれない。

そんなニュースが流れ、Twitterでもそこそこ盛り上がった。でも、この恩恵受ける人ってどのくらいいるんだろう。すでにNISA枠使い切っている人や、もっとがんばりたい人はメリットあるだろうけど、新しい層をNISAに誘導するのは難しいんじゃないだろうか。

 

我が家は資産形成が遅れたので、そこそこの貯金が積み上がってからNISA始めたので、貯金を切り崩しながらNISAに振り分けている状態。妻と合わせて年間80万。これが120万とかになれば、正直うれしい。ただ、貯金がない状態だったならば、NISAの枠が拡大しても使い切れそうにない。

年間120万、月10万これだけの余裕がある人ってそんなにいるんだろうか。ましてや、自分は投資に資産を全振りするようなタイプでないので、普通にNISAやるとしても、貯金と投資は半々にしておきたく、乱暴に計算すると年間240万、月20万のお金の余裕があるということか。

うーん。

 

たぶん、この先、NISAを使える人と使えない人は相当な格差を生む。余裕がある人は資産をさらに増やすし、余裕がない人は余裕がないままだから。

格差を助長する状態を政府がほっとくとも思えず、近い将来次の手をうって来るんだろう。これが一番の不安。

次に何をするにしても、現役世代、とりわけ氷河期世代をこれ以上苦しめない政策を望みます。氷河期世代はすでに十分に苦しみました。

 

というわけで、手放しに喜べないNISAのニュースでした。

評価損益が100万円超えました。

積立投資を始めて、2年ちょっと。評価損益がようやく100万円を超えました。

ここのところどんどん評価益が増えていて、2ヶ月前から約70万も増えているので、ちょっと恐ろしいペースなのですが、きっと反落することもあると思いながら、これまで通り、ルールに従い坦々と積み上げるのみ。

 

ところで、今後の家計に不安があったので、某サイトで家計診断をしてもらいました。するとFPの方から、月利5%の商品を勧められることになったのですが、こういったものに惹かれないようにしていきたいですね。

それにしても、月利5%って… FPがこういうの勧めちゃダメですよね。金融教育の大切さを改めて感じました。

 

うちは、プラスになろうとマイナスになろうとあくまでも坦々と積んでいきます。

新しい時代の働き方

 女性が社会で働く時代になってきて、夫婦共働き前提での生活を目指そうとすれば、「男性が働く場所に女性がついていく」という昔的な家庭像は終ろうとしているんでしょうね。稼ぎが比較的多い男性側の職場環境に合わせて生活基盤を整える、昭和的な考えはもう時代錯誤なのかもしれません。

 下記ブログが、目からウロコだったので、勝手にリンクしておきます。すみません。 


共働きは転勤族より女性の職場を優先する? - ここから

 

 なんだかんだ言っても、女性の転職、再就職はまだまだ難しいと思うので、女性が良い職場、生活環境を見つければ、そこにしがみつくのがベストなんでしょう。男性は比較的どこでもなんとでもなるのだろうから。夫婦共働きが進んで、女性の地位が向上していけば、男性が会社に帰属する意識はもっと薄くなっていくのかもしれません。

 企業側は要注意なのかもしれません。一度採用してしまうと、やめていかない女性。一方で採用してもすぐにやめていく男性。昔の価値観で社員を見ていたらやばいでしょうね。

 

ローン破綻について思う

 ローン破綻についてのYouTubeを見ていた。

 いろいろな事情があることはわかるものの、全体を通して関して感じたことは「無計画」だと言う感想だった。大半の人が人生で一番の出費になるはずなのに、あまりにも杜撰な計画な人ばかり。70過ぎまでこのまま返していけるだろうとか、出産後の妻は働き続けるだろうとか、ボーナスは変わらず出続けるだろうとか。コロナとか、インフレとか、いろいろな要因で破綻したことはわかるが、それを言い訳にした杜撰な計画ばかりだった。計画が杜撰なのに大きく背伸びした物件を購入しているように思えた。

 

 我が家は、この先何が起こるか予想できなかったので全期間固定でローンを組んだ。金利面で不利になることは理解した上で。ボーナス払いは利用しているが、支払いを分散させるためで、ボーナスが止まっても払えるところまでは計算に入れた。年収が下がる可能性、その時どうすればいいかとか、それなりにはシミュレーションした。ハウスメーカー以上に多くの銀行まわって金利の交渉もした。多少、石橋を叩きすぎたが、とにかく、あのときやれることは大体やったつもりだ。

 結果、10年くらいでローン完済の目処が立った。想定以上に収入は増えたし、今思えば余裕すぎるとくらいのローンだったが、背伸びした生活をせず、この程度でよかったのだ。

 

 自分がローン破綻の動画を見ている背後で、息子が不安そうな顔をして立っていた。

「うちは大丈夫。今、会社クビになって収入なくなっても、ローンは返せるし、2年位は生活も維持できる」と話してあげると、安心したような顔をして、自分勉強部屋へ向かっていった。

 

 

お金よりも大切なこと。

 東京に出張だった。

電車に揺られ、人混みと街並みを眺めながらふと思う。

「ここに住んでいる人は幸せなんだろうか?」

価値観は人それぞれだけど、自分は東京では幸せに暮らせそうにないと思った。

 

 先週末の夕方、不意に思い立って妻と二人でとある高原にドライブした。高原の湖に到着し、持参したSUPを湖面に浮かべて二人で漂った。夕方で人もまばらで、ひっそりとした湖に響くひぐらしの声が心地よく、波に揺られながらいろいろと語り合った。

 家を出て家に帰るまで、時間にして3,4時間程度か。簡単にこんな時間を過ごせる今の環境は最高に贅沢だと思った。いくら大金を積んでも、都心の真ん中の人にはこんなことはできまい。地方にいるからこその贅沢。

 

 地方に暮らしていると、金銭面ではいろいろと不利なこともある。確かに都会の方が稼げるし、それを求めてみんな集まる。でも、お金があっても幸せなんだろうか。なんのために稼ぐのか。お金の大小ばかりを追い求めて、大切なことを忘れてないだろうか。

 人生の目的は「お金」じゃない。大切なのはそれを何に使うかということ。せっかくお金があっても、満足に使える環境にいないのならば、そのお金はあまり意味がない。

 

「お金を稼ぐ」ということは、自分の「財産」を切り売りすること。それは、物だったり、時間だったり、環境だったり、価値観だったり、体力、能力、知識だったり。何を切り売りしてくか、よく考えないといけない。